2014.07.22 Tuesday
虎が愛でし一輪の花(7)
小太郎が背中を流すと頑張っていたけれど、そこは丁重にお断りしての一人風呂。
え? 小太郎? アイツは帰宅早々に風呂場へと押し込んだよ。だって外は寒かったから、小太郎にはさっさと風呂に入って温まって欲しかったんだ。大人になるにつれて熱を出す回数も減っては来たけれど、無理をさせれば体調を崩してしまうから。
その間僕が士郎の手伝いをさせられてしまったけれど、それはまあ仕方ない。小太郎はちょっぴり拗ねてしまったけど、僕は悪くないと思う。
一人でゆっくり湯船に浸かると、思い出すのは琥珀のこと。
今頃琥珀はどうしているのだろうか。このところすっかり定期連絡と化しているメールを思い出して、僕はぶくぶくとお湯の中に沈んだ。
(分かってるんだ……悪いのは、僕だって)
あれは、一年ほど前の寒い時期。僕が獣人界に戻って来て、一年半くらい過ぎた頃だったと思う。
獣人界と言っても、人間界でいう地方の田舎町と大差は無い。携帯だって使えるし、インターネットだって使える。どういう仕組みがあるのかは分からないけれど、きっとこの世界を牛耳ているお偉いさんが、何かしらの仕掛けを施しているのだろう。
結界を張り巡らせてこの世界を守るような存在であれば、その程度のことは訳なく出来るんじゃないかと思っている。
だから僕も、内心面白くは無かったけれど、獣人界へ戻ることを了承したんだ。例え琥珀と離れていても、電波が通じれば話も出来るしメールも出来る。繋がりが切れることはないって、そう自分に言い聞かせていた。
ほぼ毎日交わしてしたメールと、週に一度の約束で交互に掛け合う電話。それが僕を支えてくれていた。会うことは叶わなくとも、それだけでホッと出来る自分がいた。
だからこそ、甘えが出たのだろう。
「ねえ琥珀」
『何だ? 帰って来たくなったか?』
「まだ無理だよ。そうじゃなくて――琥珀は、僕に会いたいと思わないの?」
『突然何を言い出すかと思ったらそんな事か』
「っ、そんな事って、そんな言い方無いだろ!」
僕が獣人界に戻って来てから、琥珀とは一度も会ってはいない。時折人間界に住む兄弟の所へ行くことがあっても、琥珀と暮らした部屋には立ち寄らずにいた。行けば、獣人界に帰りたくなくなるって分かっていたから。
一方の琥珀も、一度だって会いに来てはくれていない。かつては自分も暮らしていた集落だ。遊びに来ることくらい、簡単に出来るはずなのに。
『言っただろう? 俺はここで、お前の帰りを待ってるって』
「だけど、琥珀は一度も、僕に会いたいって言ってくれないじゃないか……本当は僕みたいに面倒な子供から解放されて、せいせいしてるとか?」
心にも無いことを口にした自覚はあった。けれど一度口から零れ落ちた言葉を回収することは、不可能だ。言ってしまった言葉に青褪める僕の耳に、大きな溜息が聞こえる。
『本気で言ってるのか、吾郎』
「う……だ、だって、琥珀が悪いんじゃないか。全然寂しそうな感じもしないし、会いたいって言うのもいつだって僕ばっかりで」
グッと温度の下がった琥珀の声に身が竦む。出していた耳がぺたんと垂れてしまったのが分かる。滅多に怒らない琥珀が、怒っている。
『それで? 俺がお前以外の番を見付ければ、吾郎は満足するのか?』
「そんなこと言ってな――」
『もういい、この話は終わりだ』
「何だよ終わりって! 疚しいことがあるから話したくないんじゃないの? 煩いのがいなくなってホッとしてるんだろ!」
ああ、止めろ、止めるんだ……頭ではストップと信号を出し続けているのに、一度膨れ上がった感情を宥めることが出来なかった。
『いい加減にしろ、お前は俺を信じられないのか? お前がそんな風に考えていたなんて、ガッカリだ』
「好きだから信じられないんじゃないか! 琥珀の馬鹿! もういいよっ!」
『……そうか、分かった。お前は少し頭を冷やせ。切るぞ』
「勝手にすれば良いだろ? もう電話なんて掛けてやらないし出てもやらないんだからな!」
僕の怒鳴り声を琥珀が聞いたのかどうかは定かじゃない。でも、叫び終えた僕が我に返った時にはもう、通話は終了していた。
← (6) Back ★ Next (8) →
◆いつも応援ありがとうございます(*´∀`*)
長期連載久々過ぎて、ペースが掴めない……(;´Д`)
続きを待ってるよ!と仰って下さる優しいお方は是非クリックを┏○ペコ
にほんブログ村 (別窓)
ランキングに参加しております。(1日1回有効です♪)
書き続ける原動力に繋がっております!読了後、お気に召したらポチッと一押しお願いします!
え? 小太郎? アイツは帰宅早々に風呂場へと押し込んだよ。だって外は寒かったから、小太郎にはさっさと風呂に入って温まって欲しかったんだ。大人になるにつれて熱を出す回数も減っては来たけれど、無理をさせれば体調を崩してしまうから。
その間僕が士郎の手伝いをさせられてしまったけれど、それはまあ仕方ない。小太郎はちょっぴり拗ねてしまったけど、僕は悪くないと思う。
一人でゆっくり湯船に浸かると、思い出すのは琥珀のこと。
今頃琥珀はどうしているのだろうか。このところすっかり定期連絡と化しているメールを思い出して、僕はぶくぶくとお湯の中に沈んだ。
(分かってるんだ……悪いのは、僕だって)
あれは、一年ほど前の寒い時期。僕が獣人界に戻って来て、一年半くらい過ぎた頃だったと思う。
獣人界と言っても、人間界でいう地方の田舎町と大差は無い。携帯だって使えるし、インターネットだって使える。どういう仕組みがあるのかは分からないけれど、きっとこの世界を牛耳ているお偉いさんが、何かしらの仕掛けを施しているのだろう。
結界を張り巡らせてこの世界を守るような存在であれば、その程度のことは訳なく出来るんじゃないかと思っている。
だから僕も、内心面白くは無かったけれど、獣人界へ戻ることを了承したんだ。例え琥珀と離れていても、電波が通じれば話も出来るしメールも出来る。繋がりが切れることはないって、そう自分に言い聞かせていた。
ほぼ毎日交わしてしたメールと、週に一度の約束で交互に掛け合う電話。それが僕を支えてくれていた。会うことは叶わなくとも、それだけでホッと出来る自分がいた。
だからこそ、甘えが出たのだろう。
「ねえ琥珀」
『何だ? 帰って来たくなったか?』
「まだ無理だよ。そうじゃなくて――琥珀は、僕に会いたいと思わないの?」
『突然何を言い出すかと思ったらそんな事か』
「っ、そんな事って、そんな言い方無いだろ!」
僕が獣人界に戻って来てから、琥珀とは一度も会ってはいない。時折人間界に住む兄弟の所へ行くことがあっても、琥珀と暮らした部屋には立ち寄らずにいた。行けば、獣人界に帰りたくなくなるって分かっていたから。
一方の琥珀も、一度だって会いに来てはくれていない。かつては自分も暮らしていた集落だ。遊びに来ることくらい、簡単に出来るはずなのに。
『言っただろう? 俺はここで、お前の帰りを待ってるって』
「だけど、琥珀は一度も、僕に会いたいって言ってくれないじゃないか……本当は僕みたいに面倒な子供から解放されて、せいせいしてるとか?」
心にも無いことを口にした自覚はあった。けれど一度口から零れ落ちた言葉を回収することは、不可能だ。言ってしまった言葉に青褪める僕の耳に、大きな溜息が聞こえる。
『本気で言ってるのか、吾郎』
「う……だ、だって、琥珀が悪いんじゃないか。全然寂しそうな感じもしないし、会いたいって言うのもいつだって僕ばっかりで」
グッと温度の下がった琥珀の声に身が竦む。出していた耳がぺたんと垂れてしまったのが分かる。滅多に怒らない琥珀が、怒っている。
『それで? 俺がお前以外の番を見付ければ、吾郎は満足するのか?』
「そんなこと言ってな――」
『もういい、この話は終わりだ』
「何だよ終わりって! 疚しいことがあるから話したくないんじゃないの? 煩いのがいなくなってホッとしてるんだろ!」
ああ、止めろ、止めるんだ……頭ではストップと信号を出し続けているのに、一度膨れ上がった感情を宥めることが出来なかった。
『いい加減にしろ、お前は俺を信じられないのか? お前がそんな風に考えていたなんて、ガッカリだ』
「好きだから信じられないんじゃないか! 琥珀の馬鹿! もういいよっ!」
『……そうか、分かった。お前は少し頭を冷やせ。切るぞ』
「勝手にすれば良いだろ? もう電話なんて掛けてやらないし出てもやらないんだからな!」
僕の怒鳴り声を琥珀が聞いたのかどうかは定かじゃない。でも、叫び終えた僕が我に返った時にはもう、通話は終了していた。
← (6) Back ★ Next (8) →
◆いつも応援ありがとうございます(*´∀`*)
長期連載久々過ぎて、ペースが掴めない……(;´Д`)
続きを待ってるよ!と仰って下さる優しいお方は是非クリックを┏○ペコ
にほんブログ村 (別窓)
ランキングに参加しております。(1日1回有効です♪)
書き続ける原動力に繋がっております!読了後、お気に召したらポチッと一押しお願いします!
at 02:05, 柚子季杏, 【虎が愛でし一輪の花】
comments(2), trackbacks(0), - -