キスからの距離 (96)

web拍手 by FC2        
北斗の想い人でもあるこの店のオーナーに軽く手を上げ、待ち合わせだからと橘川の待つ席へ真っ直ぐに向かう。
内海が入ってきたことに気が付いていたのだろう、視線を上げた橘川が、柔らかな笑みを浮かべて迎えてくれる。再会したあの日には、まともに視線を交わすことも出来ずに終わってしまったのに。

「悪い、待たせたな」
「俺もさっき来たばっかだ。ここで昼飯食っちまうか?」
「そうだな……どうした?」

内海を見つめる視線を外そうとしない橘川に首を傾げて見せれば、慌てた風に何でも無いと首を振る。そのくせ嬉しそうに口元が緩みそうになっているから、見られる内海は気恥ずかしい。
学生時代に付き合っていた頃も、同棲をしていた頃ですら、こんなに甘い眼差しで見つめられた事は無かったように思う。
面映さを感じられるのも、8年前と変わらず逃げようとした内海を、橘川がしっかりと捕まえてくれたからこそだ。弱かった内海が強くなろうと思えたのも、全ては橘川の存在があったからこそ。



「なあ悦郎、何処に行こうとしてるんだ?」

食事中も、店を出てからも、一向に行き先を教えてくれない橘川に、内海としては少々呆れ気味だ。足を進める先には映画館もショッピングモールも、ましてアミューズメントも思い当たらなかった。

「もうすぐ着くからそう焦るなって――――っと、ここだ」
「は? え……ここ……って、え……」

繁華街からは少し外れた場所で、橘川が足を止める。目線で指し示された看板を目にした内海は、予想もしていなかった展開に呆気に取られることしか出来なかった。




「ホント! マジで! お前は何も変わってない!」
「何回その話してんだよ、耳タコだっつうの」

夕食代わりに居酒屋に足を運んだのは、店がオープンするかしないかの早い時間。
突然の橘川からの提案に引っ張り回されるまま歩いた内海が、いつも以上に早いペースで酒を口に運ぶのを、橘川はニヤニヤと笑みを浮かべたまま見守っていた。
酔いが回るにつれて絡み酒になっていった自覚は、内海にもあった。それでもグラスを置くことが出来ない内海の、内に抱えた緊張に気付いていたのだろう。
店を出る頃にはほろ酔い以上の足取りになっていた内海を抱きかかえるようにしながら、橘川がタクシーに乗り込んだのは少し前の話。

「ほら、苦情が来る前に中に入れ」
「――――ん……お邪魔し……」
「おかえり」
「っ――――」

片腕で内海を抱えた橘川が空いている片手で器用に鍵を開ける。開かれた扉に一瞬躊躇した内海が、ぼそぼそと呟いた瞬間だった。玄関の内へと内海を迎え入れた橘川が、静かに掛けてくれたひと言。

「お帰り、智久……」
「悦郎――――ただい、ま……ただいま、んっ」

どんな表情をしようとか、どんな言葉を返そうかとか、そんな計算なんて全てが吹き飛んだ。込み上げて来る感情のまま、潤む視界で見上げた橘川に唇を重ね取られる。

「ずっと、こうしたかった……昼間に会った時からずっと……」
「……俺も」

啄ばむようなくちづけの合間に囁かれ、力強い腕に抱き留められれば、たったそれだけのことで背筋に震えが走った。
8年ぶりのくちづけ。遠く離れてしまった時間も距離も、この一瞬のためにあったのかもしれないとさえ思うほど、甘く蕩けていく。
背筋を這った震えは、深くなっていくくちづけの激しさにつられるように、内海の腰を重くしていく。
橘川の舌に唇の隙間を割られて入り込まれる。長く離れていた時間など感じさせないくらいに、橘川は内海を忘れてはいなかった。



← (95) Back ★ Next (97/☆) →

◆いつも応援ありがとうございます゜+.゜.(⊃Д`*)゜+.゜

五輪で寝不足です……。
本当は全部見たい〜〜!
そして案の定☆が消えたことをお詫びします(汗)

続き待ってるよ! のお言葉変わりに┏O))
村・ピンク にほんブログ村 (別窓)
ランキングに参加しております。(1日1回有効です♪)
書き続ける原動力に繋がっております!読了後、お気に召したらポチッと一押しお願いします!

at 00:40, 柚子季杏, 【キスからの距離】

comments(1), trackbacks(0), - -

キスからの距離 (95)

web拍手 by FC2        
12月初旬。街にはクリスマスの飾り付けがちらほらと見えるようになって来た頃。
大きな通りから一本裏通りに入ったところにある古いビル。入口脇には開店祝いの花が飾られ、外装・内装共に新しく変えられた店の中では、活気に溢れた声が飛び交っていた。

「それでは今日も、よろしくお願いします!」

冬独特の乾いた空気、肌を刺す冷たい風から逃れて中へと足を踏み入れ、暖かな室内に内海はホッと息を吐いた。
食事処としての新店舗がオープンして一週間が経とうとしている。店内には日中の部の責任者に抜擢された濱田の元気な声が響いていた。

「お疲れさま」
「あ、内海さんっ」
「オープン前に悪い。今日で一週間だけど、どんな感じだ? 売上げ的には予想してたよりも順調そうだけど」

一週間分のレシートや伝票をまとめつつ訪ねる内海に、少し疲れた顔をした濱田が苦笑を浮かべる。

「何ていうか、人をまとめる立場って大変っすよねえ……北斗さんの下にいた頃が懐かしいですよ――――でも、楽しんでます」
「そう、なら良かった」

オーナーである康之の意向に従って、店の勤務体制は変則的なものになっている。
9時から18時までの昼の部、17時から午前2時の夜の部、午前1時から9時までの早朝の部の三交代制。店は一旦朝9時に閉め、11時から再びオープンとなる。その間に仕込みを行なったり、店の開いている時間帯には手の届かない清掃等を行なう。
それぞれの時間帯に責任者を置き、その下にチーフを宛がい、それらを統括する立場にあるのが康之ということになっている。

「あれ? でも内海さんて土日休みですよね? どうかしたんですか?」
「出掛ける用事があったから、ちょっと顔出してみただけだよ。じゃあ頑張って」

厨房も見ながら店内をサポートする形の濱田は、体力的にも相当大変だろうと内海は思う。それでも楽しいと笑う顔を見れば、【 knight 】で働いていた時に見せていた顔よりもずっといい顔に思えた。

「外……寒っ」

濱田に見送られて店を後にし、事務所を兼ねている康之のマンションへと向かう。伝票類を一旦置いてから向かえば、待ち合わせの時間には丁度良い。

「……やばいな俺、緊張し過ぎだって」

この店が開店するまで、本当の意味で恋人同士の関係に戻るということを、橘川には待ってもらっていた。
店がオープンして一週間が経ち、開店当初の慌ただしさも少し落ち着きを取り戻した今日、内海は8年ぶりに昔暮らしていたあの部屋を訪れることになっていた。
今は橘川が一人で暮らす部屋。良い思い出も悪い思い出も詰まっている部屋。

『ちょっと付き合って欲しいところもあるし、どうせなら外で待ち合わせてデートしようぜ。で、夕飯食ってから帰ろう』

内海の緊張を察したのだろう。「がっついてるって思われたくねえし」と苦笑しながら、橘川からそんな提案をされた。

「付き合って欲しい場所って、どこだろ……」

家にいても落ち着いていられず、だったら仕事でもして気を紛らわそうと早々に出て来てしまったけれど、伝票整理をしていても気が急いて集中など出来なかった。
何度となく目で追ってしまう時計の針は、間も無く待ち合わせ場所に向かわなければならない時間になろうとしている。

「――――行こう」

ドキドキと不規則に跳ねる鼓動を感じながら、想い人が待つ場所を目指す。心地好い緊張感が、恋愛をしているのだと実感させてくれて、ほんの少し心が擽ったい。
少しも嫌では無い緊張感。それは内海がどれだけ橘川を好きなのかということを、教えてくれているような気がして。

待ち合わせ場所のカフェに向かえば、通りに面したガラスの中、人待ち顔でコーヒーを啜る橘川がいた。二人が再会を果たしたこの場所から、新しい二人の関係が始まろうとしている。



← (94) Back ★ Next (96/☆) →

◆いつも応援ありがとうございます゜+.゜.(⊃Д`*)゜+.゜

次話からお祭り、入れるかな?
☆が消えたらすみません(汗)

また一週間が始まりますね〜暑い週末だった。
月末月初に加えて次の週末は遠出するので……
のんびりする時間が欲しい今日この頃(;´Д`)

続き待ってるよ! のお言葉変わりに┏O))
村・ピンク にほんブログ村 (別窓)
ランキングに参加しております。(1日1回有効です♪)
書き続ける原動力に繋がっております!読了後、お気に召したらポチッと一押しお願いします!

at 23:30, 柚子季杏, 【キスからの距離】

comments(5), trackbacks(0), - -

キスからの距離 (94)

web拍手 by FC2        
緊張感に溢れていた先ほどまでとは打って変わった緩い空気に、内海も毒気を抜かれる。

「北斗……危ない真似はするなってあれだけ言ったのに……」
「ごめんねウッチー、でも大丈夫だっただろ?」

力なく吐き出した内海の言葉に、北斗が楽しげに笑う。

「いつから見てたんだ? っていうか、録音してたって本当か?」
「そうだよ! 北斗お前、お客さん迎えに行ったんじゃなかったのか?」

橘川の漏らした言葉尻に乗っかって、内海も矢継ぎ早に質問を重ねる。
二人から次々に寄せられる疑問に、矛先を向けられた北斗が目を見開いた。

「戻って来た時通りから3人の姿が見えたからさあ、ちょっと焦ったよ。録音はハッタリだけど、結果オーライって感じ?」
「ハッタリ……」
「でもウッチーも橘川さんも格好良かったじゃん。見直したちゃったよ」

思いも寄らない言葉に唖然としてしまう。ハッタリであんな風に凄みをかましてしまうなんて、内海には考えもつかなかった。内海の隣で同じように呆気に取られていた橘川が、徐々に肩を震わせて笑い声を噛み殺し始める。

「お前の方が格好良いよ、ハッタリか、ははっ」
「あ、でも組長さんと顔見知りなのはホントだよ。まあ、手を煩わすところまで行かなくて良かったけどさ。ああいうタイプってガツンとやっとかないとしつこいから」

何なら名刺見せるよ、とウィンクをして見せる北斗の話に嘘は無いのだろう。
どれだけの修羅場を経験して来ているのか、内海達の知らない顔を持った北斗が、味方で良かったとつくづく思う。

「……ウッチーにはマジ、ずっと世話になってるし? そのウッチーのパートナーが橘川さんなわけだから、俺だって黙っちゃいられないでしょ――――っと、やべ! リコちゃん待たせてるんだった! じゃね!」

元晴に凄んで見せた顔とは全く違う真摯な表情。北斗が本当に内海を心配してくれていた事が伝わってくる。
その思いに若干の感動を感じている隙に、北斗は「あっ」と声を張り上げ、忘れていたと裏口へ駆け込んで行ってしまう。
じゃあねと手を振りながら姿を消す北斗には、声を掛ける暇さえなかった。

「お礼、言いそびれたっつうの」
「言われるのが恥ずかしかったんじゃねえの?」

あまりに呆気ない幕切れ、そう仕向けてくれた北斗への感謝が、内海の唇を尖らせる。

「俺としてはやっぱ、一発くらい殴ってやりたかったけどな」
「悦郎――――」

苦笑を浮かべる橘川に引き寄せられれば、気が張っていた事を実感する。
愛しい人の温もりに、ふっと身体の奥から強張りが解れていく気がした。

「これで、お前の気掛かりも解消されたか?」
「……ああ、そうだな……昔のツケは、返せたと思う」

寄り添うように身体を寄せれば、優しく抱き止めてもらえる。この温かさを、この幸福感を、どうして手放せると思ったのだろうか。
想いを捨てずにいて良かったと、内海は心から思う。
思い出したくもなかった過去とも、こうして決別することが出来たのだから、もう何も憂うことは無い。
橘川を信じると決めたのだ、この腕の中に戻りたいと願ったのだから。

「――――ああぁぁあ、くそっ」
「悦郎? ちょ、痛いって!」

幸せに浸る内海を抱き締めてくれていた橘川の腕に、ギュッと力が籠められる。
あまりの強さに身を捩れば、地を這うような声が耳に届いた。

「早く店がオープンすればいいのに……」
「……くっ、くくっ、悦郎…あはは」
「笑うなよ――――ああもう! 帰るぞ!」
「待て、待てって!」

我慢が苦しいと情けない声を出す橘川に、内海も堪え切れず吹き出してしまう。
顔を顰めて歩き出した橘川の後を追いながら、自分の言い出した約束事が恨めしく感じてしまうのも、今の内海の正直な気持ちだった。



← (93) Back ★ Next (95) →

◆いつも応援ありがとうございます゜+.゜.(⊃Д`*)゜+.゜

さあ、ぼちぼちお話もラストに向かいます。
もう少しお付き合い下さいね。

五輪も開幕しましたね〜!
寝不足が続きそうだわぁ……全部見たい〜!

お祭りが待ち遠しい! のお言葉変わりに┏O))
村・ピンク にほんブログ村 (別窓)
ランキングに参加しております。(1日1回有効です♪)
書き続ける原動力に繋がっております!読了後、お気に召したらポチッと一押しお願いします!

at 00:30, 柚子季杏, 【キスからの距離】

comments(2), trackbacks(0), - -

キスからの距離 (93)

web拍手 by FC2        
橘川に取って代わった北斗に追い詰められた元晴が、壁に背を付けたままの状態でがたがたと震え始める。
夜の暗さの中でも、元晴の顔色が一瞬のうちに蒼白に変わっていく様が見て取れた。

「この人達はさ、俺にとっては大事な人達だったりするわけ……おっさん、俺の言ってる意味、分かるよな?」

それまで口元に絶やすことの無かったにこやかな笑みを消し去った北斗の、低く響く声。数歩下がった場所で口を開くことも出来ず状況を見守る内海達も、北斗から立ち昇る凄みのオーラに小さく息を飲んだほどだった。

「自分で作った借金は自分で返すのが道理ってもんじゃねえの? なぁ、おっさん」
「ぅ……そ、そう、だな……いや、その……冗談だよ、冗談! 久し振りに顔見たから懐かしくなっちまってさ」

蛇に睨まれた蛙というのはよく聞く言葉だけれど、実際目の当たりにしたのは初めてだ。
北斗がヤンチャをしていた頃から知っている間柄の内海も、彼のこんな姿を見る機会はこれまで無かった。内海の前ではいつも少しおちゃらけて笑顔を絶やさないだけに、知らない男を見ているような気さえしてしまう。

「ふぅん、冗談ねえ。ウッチーどうする? 橘川さんも……判断は二人に任せるけど」

呆然と状況を見守っていた内海と橘川は、北斗の言葉にハッと顔を見合わせる。
自分を見る橘川の瞳に信頼を感じ取った内海が、ゆっくり北斗と元晴へと視線を戻した。

「二度と俺達の前に現れないで下さい」
「わ、分かった! 分かったよ」

毅然と言い切る内海に、元晴は壊れた玩具のように首を何度も縦に振り動かした。
恐怖に引き攣った彼を見れば、小心な元晴の性格を知っている内海からすれば、言葉通り二度と自分達に接触してくる事は無いだろうと核心を持てた。

「ウッチー、そんだけでいいの? 相変わらず優しいなあ。橘川さんもそれでいいの?」
「ああ。智久が良いって言うなら、俺に異論は無いよ」
「そっかあ……おっさん、二人の温情に感謝した方がいいぜ」

内海と橘川、二人の言葉を聞いた北斗がくすりと笑う。
笑いながらも、未だ北斗の視線に囚われたままの元晴に、北斗は鼻先が触れ合う寸前まで距離を詰めた。

「でも俺は、そんなに優しくないんだよねえ……少しでも怪しい行動を取ったら、身の危険は覚悟しておけよ? あちらの方々の追い込みは、すっげえ厳しいからな」
「ひっ、しない! 二度と近付かねえから!」

涙目で首肯する元晴の姿に、本当にこれで終わったのだと実感した。
こんな男を怖がって逃げた自分は、どれほど弱虫だったのだろうかと情けなくなる。

「……元晴さん、自力で立ち直って下さい……きっと社長も、それを願ってるはずです」
「っ――――親父が……」
「元気な顔を見れるのを、待ってるんじゃないですか?」

内海の掛けた声に、元晴が一瞬驚きに目を瞠り、そんなことは考えた事も無かったとばかりに肩を落とす。

「北斗……もういいよ」
「何かよく分かんねえけど、ま、他人様に迷惑掛けずに頑張んなよ。な、おっさん」

もう一度橘川と視線を交えた内海が、元晴を放してやれと北斗を促す。素直に従う北斗が開けた隙間から、元晴が転がるように駆け出して行く。
駆けながらちらりと内海を振り返った元晴の顔に、それまでと違った後悔の色が滲んでいたように思うのは、内海の願望なのだろうか。

「……一件落着っぽい? 俺、中戻っちゃって平気?」
「え――――あ、お前、何で……」
「助かった。あのままじゃ俺はあいつに殴り掛かってた」
「駄目だよ橘川さん、ああいう輩に自ら強請りのネタ与えるような真似しちゃ」

元晴の姿が通りに消えたところで、北斗が内海と橘川へ向き直る。
タイミングの良すぎる登場を思い出して言葉に詰まる内海の脇で、橘川と北斗はひと仕事終えたとばかりに、穏やかな会話を交わすのだから呆れてしまう。



← (92) Back ★ Next (94) →

◆いつも応援ありがとうございます゜+.゜.(⊃Д`*)゜+.゜

トラの衣を借りた北斗の巻(笑)
最後の大きな山は、これで超えたでしょうか?

さあさあ、待ってるよ! のお言葉変わりに┏O))
村・ピンク にほんブログ村 (別窓)
ランキングに参加しております。(1日1回有効です♪)
書き続ける原動力に繋がっております!読了後、お気に召したらポチッと一押しお願いします!

at 23:35, 柚子季杏, 【キスからの距離】

comments(2), trackbacks(0), - -

キスからの距離 (92)

web拍手 by FC2        
橘川に押さえ込まれていることの恐怖からか、その顔は引き攣っているのに、少し落ち窪んだ瞳だけが濁った色を湛えて忙しなく内海達を見比べる。

「うるせえって言ってんだろ! べつにもう抱かせろとは言わねえからさ、金の都合付けてくれよ。なあ、内海? こんな店に勤めてんだ、蓄えだってあるだろ? 俺の代わりに借金返してくれりゃ、お前らのことは黙っててやるよ」
「ふざけんなっ! あんたなんかにくれてやる金は、俺も智久も持ち合わせてねえよ!」

怒りと虚しさに唇を戦慄かせることしか出来ない内海に変わって声を荒げたのは、内海と同じかそれ以上の怒りを抱えていた橘川だった。
あの頃、何も知らずにいた自分を責めていた橘川にとっても、内海以上の蟠りを抱えて過ごして来たのだろうことは、再会してからの会話の中で痛いほど感じていた。

「い、いいのか? お前の会社くらいすぐに調べられるんだ、本気でばらすぞ!」

人としては最悪な男だったけれど、それでも昔は尊敬出来る部分も持っていた。
口では文句を言いながらも仕事には手を抜かない姿勢に、社会に出て日が浅かった内海は感心したこともあった。
それが今じゃどうだ。身から出た錆びで職も家族も失って、立ち直るどころか不貞腐れて坂道を転がり落ちようとしている。

「……元晴さん、人として最低ですね。同じ職場で働いてたことがある立場として、情けないです。社長もあんたを見限ったのは正解だよ」
「なっ、おま――――」
「悦郎も言ってくれたけど、俺は貴方にはびた一文払う気はありませんよ。何ならこっちが裁判起こしても良かったくらいなんだ」

強気に言い切る内海を見た元晴が、返す言葉に詰まった。
元晴の身体を壁に押し付ける形を取った橘川が、更に追い討ちを掛ける。

「負け犬の遠吠えは終了か? 残念だな、俺はばらされたところで痛くも痒くもねえよ。やれるもんならやってみろ!」
「ヒッ……くそっ、ホモ野郎共が調子に乗りやがって……な、なあ、少しでも良いんだ、金が必要なんだよ」

元晴の襟元を掴む橘川の腕の力が増したのが、傍目で見ている内海にも分かる。
さっきまでの勢いはどこに消えたのか、二人の怒りに押された元晴が萎縮していく。蔑みを交えた言葉も、いつの間にか縋り付くものへと変わっていた。

「いい加減にしろよ、お前っ!」
「悦郎、駄目だっ」
「はーい、そこまで!」

あまりに自分勝手なことを言い続ける元晴の態度に、気持ちを抑えきれなくなった橘川が、空いている方の腕を振り上げた時だった。
橘川を止めようとする内海の声に被さるように聞こえて来た、飄々とした声。
驚きに振り返れば、裏口からひょいと顔を覗かせた北斗がゆったりと近付いて来る。

「北斗……」
「今の話、全部録音させてもらったよ」
「え?」

突然出て来た北斗に怒りを削がれたのか、橘川が怪訝な表情を浮かべる。
北斗はといえば、内海と橘川それぞれを交互に見遣り、恐怖に固まったままの元晴へにっこりと微笑を向けた。

「元晴さんっていうの? お兄さんさあ、これ以上この人たちに付き纏わないでくれるかなあ? 店にとっても迷惑なんだよねえ」
「だ、誰だお前――――」

手に持っていた携帯をひらりと振って見せながら、北斗は笑顔で言葉を続ける。口元は柔らかく弧を描いているけれど、元晴を見る瞳は笑ってなどおらず、立ち昇る剣呑な雰囲気に圧倒されてしまう。

「お兄さんも命惜しいでしょ? 俺ね、この辺りを仕切ってる組の組長さんと、ちょっとばっかお知り合いなんだよねえ。自分のシマで恐喝とかさあ、教えてあげたらお兄さん、どうなっちゃうだろうなあ」
「っ――――」

にこやかに告げながら元晴へと近付いていく北斗に促され、橘川も彼を押さえ付けていた腕を離して内海の隣へと戻って来る。
ホスト仕込の微笑とは裏腹に、言葉にされる内容はかなり辛辣なものだった。



← (91) Back ★ Next (93) →

◆いつも応援ありがとうございます゜+.゜.(⊃Д`*)゜+.゜

使えるものは使います、それが北斗(笑)

暑い日が続きますね。
皆さまも熱中症にはお気をつけて!

北斗ナイス! のお言葉変わりに┏O))
村・ピンク にほんブログ村 (別窓)
ランキングに参加しております。(1日1回有効です♪)
書き続ける原動力に繋がっております!読了後、お気に召したらポチッと一押しお願いします!

at 23:30, 柚子季杏, 【キスからの距離】

comments(0), trackbacks(0), - -