2009.03.31 Tuesday
ありがとう。 (36)
自分を見つめる永の視線は、保護者としての視線で。
永に分かって欲しかった。
少しでも自分の想いに気付いて欲しくて、郁巳は慎重に言葉を選びながら話し出す。
「…俺ね、考えたんだけど、専門学校行こうと思って」
「専門学校?」
「うん、調理師の」
「調理…って、何でまた急にそんな…」
予想通りの永の反応に思わず苦笑が浮かぶ。郁巳がこんな事を考えているなどとは、微塵も思っていなかったに違いない。
パクパクと口を動かす事しか出来ない永から視線を逸らし、郁巳は膝を抱えるように体育座りになると、顔を隠すようにして言葉を続けた。
「大学って言われても、正直やりたい事も無いし…勉強もね、永さんに誉められるのが嬉しくて頑張ってただけで…好きでやってた訳じゃないんだ」
「いや、でも…あれだけの成績取ってるんだから、勿体無いだろ?」
「だって、惰性で進学なんて…折角父さん達が残してくれたお金を、そんな無駄な事に使いたくないもん」
「郁…じゃあ、何で調理師の専門学校なんだ? その理由は?」
永に認められたくて、近付きたい一心で頑張って来た勉強になど意味は無い。だからこそ、大学への進学はしないと決意出来たのだ。
ドキドキと高鳴る心音が聞こえないように、回した腕にギュッと力をこめる。
どう言えば、伝わるのだろうか…何と言えば分かってもらえるのだろうか。
部屋の中に落ちた沈黙を破るように、俯いたままの郁巳に永が優しく問い掛け直す。
「郁? 黙ってちゃ分かんないだろ?」
「…父さんと母さんが死んじゃって、俺、いっぱい考えたんだ」
「考えたって…進学の事をか?」
「それもあるけど、それだけじゃなくて…後悔したく、ないから」
「後悔?」
そう、後悔したくなかった。
いつものように見送った両親が、たった数時間離れていただけで、手の届かない所へと飛び立ってしまった。当たり前の日常が、手指の先から砂が零れて行くようにすり抜けて行く事があることを、嫌というほど実感した。
自分も、永も、未来の事は分からない。いつどうなるかなんて、誰にも分からないのだ。
ならば少しでも永の傍にいたいと思った。いつの間にか開いていた距離を少しでも縮めて、自分を一番に愛してもらいたい。
「あんな…あんな風に、突然、いなくなるなんて思ってなかった……から――」
「郁……」
言葉に詰まった郁巳の隣に、椅子を降りた永がそっと腰を下ろす。肩を引き寄せられ優しく髪を梳かれる感触が、郁巳には泣きたくなるほど幸せだった。
その温もりに甘えるように身を凭れさせ、震える声をゆっくりと吐き出す。
「だからね、俺、調理師免許取る…料理嫌いじゃないし、免許取って、永さんと一緒にこの店やってく」
「――は? ちょ、ちょっと待て郁巳、それとこれとは話が違くな‥」
「違わないよ! 俺もう、自分の知らないところで、大事な人いなくなったりするの嫌だ!」
「い…く?」
「俺頑張る、頑張るから…永さんと一緒にいたい…駄目? 俺がいたら邪魔?」
突如頭を起こした郁巳が、永の胸元を掴み顔を覗き込むと、永の言葉を遮る勢いで喋り続ける。
駄目だなんて言葉は聞きたくない。
邪魔だなんて言って欲しくはない。
(お願い、永さん…分かって――)
縋るような眼差しを向けながら告げる郁巳の身体を、永はそっと引き剥がした。
やっぱり、伝わらないのだろうか。
いつまで経っても、永にとっての自分は弟のままなのだろうか。
親愛の情よりも、恋愛の情を向けて欲しいのに……。
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◆旧ブログからの引越し作品になります。
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永に分かって欲しかった。
少しでも自分の想いに気付いて欲しくて、郁巳は慎重に言葉を選びながら話し出す。
「…俺ね、考えたんだけど、専門学校行こうと思って」
「専門学校?」
「うん、調理師の」
「調理…って、何でまた急にそんな…」
予想通りの永の反応に思わず苦笑が浮かぶ。郁巳がこんな事を考えているなどとは、微塵も思っていなかったに違いない。
パクパクと口を動かす事しか出来ない永から視線を逸らし、郁巳は膝を抱えるように体育座りになると、顔を隠すようにして言葉を続けた。
「大学って言われても、正直やりたい事も無いし…勉強もね、永さんに誉められるのが嬉しくて頑張ってただけで…好きでやってた訳じゃないんだ」
「いや、でも…あれだけの成績取ってるんだから、勿体無いだろ?」
「だって、惰性で進学なんて…折角父さん達が残してくれたお金を、そんな無駄な事に使いたくないもん」
「郁…じゃあ、何で調理師の専門学校なんだ? その理由は?」
永に認められたくて、近付きたい一心で頑張って来た勉強になど意味は無い。だからこそ、大学への進学はしないと決意出来たのだ。
ドキドキと高鳴る心音が聞こえないように、回した腕にギュッと力をこめる。
どう言えば、伝わるのだろうか…何と言えば分かってもらえるのだろうか。
部屋の中に落ちた沈黙を破るように、俯いたままの郁巳に永が優しく問い掛け直す。
「郁? 黙ってちゃ分かんないだろ?」
「…父さんと母さんが死んじゃって、俺、いっぱい考えたんだ」
「考えたって…進学の事をか?」
「それもあるけど、それだけじゃなくて…後悔したく、ないから」
「後悔?」
そう、後悔したくなかった。
いつものように見送った両親が、たった数時間離れていただけで、手の届かない所へと飛び立ってしまった。当たり前の日常が、手指の先から砂が零れて行くようにすり抜けて行く事があることを、嫌というほど実感した。
自分も、永も、未来の事は分からない。いつどうなるかなんて、誰にも分からないのだ。
ならば少しでも永の傍にいたいと思った。いつの間にか開いていた距離を少しでも縮めて、自分を一番に愛してもらいたい。
「あんな…あんな風に、突然、いなくなるなんて思ってなかった……から――」
「郁……」
言葉に詰まった郁巳の隣に、椅子を降りた永がそっと腰を下ろす。肩を引き寄せられ優しく髪を梳かれる感触が、郁巳には泣きたくなるほど幸せだった。
その温もりに甘えるように身を凭れさせ、震える声をゆっくりと吐き出す。
「だからね、俺、調理師免許取る…料理嫌いじゃないし、免許取って、永さんと一緒にこの店やってく」
「――は? ちょ、ちょっと待て郁巳、それとこれとは話が違くな‥」
「違わないよ! 俺もう、自分の知らないところで、大事な人いなくなったりするの嫌だ!」
「い…く?」
「俺頑張る、頑張るから…永さんと一緒にいたい…駄目? 俺がいたら邪魔?」
突如頭を起こした郁巳が、永の胸元を掴み顔を覗き込むと、永の言葉を遮る勢いで喋り続ける。
駄目だなんて言葉は聞きたくない。
邪魔だなんて言って欲しくはない。
(お願い、永さん…分かって――)
縋るような眼差しを向けながら告げる郁巳の身体を、永はそっと引き剥がした。
やっぱり、伝わらないのだろうか。
いつまで経っても、永にとっての自分は弟のままなのだろうか。
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