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自分を見つめる永の視線は、保護者としての視線で。
永に分かって欲しかった。
少しでも自分の想いに気付いて欲しくて、郁巳は慎重に言葉を選びながら話し出す。

「…俺ね、考えたんだけど、専門学校行こうと思って」
「専門学校?」
「うん、調理師の」
「調理…って、何でまた急にそんな…」

予想通りの永の反応に思わず苦笑が浮かぶ。郁巳がこんな事を考えているなどとは、微塵も思っていなかったに違いない。
パクパクと口を動かす事しか出来ない永から視線を逸らし、郁巳は膝を抱えるように体育座りになると、顔を隠すようにして言葉を続けた。

「大学って言われても、正直やりたい事も無いし…勉強もね、永さんに誉められるのが嬉しくて頑張ってただけで…好きでやってた訳じゃないんだ」
「いや、でも…あれだけの成績取ってるんだから、勿体無いだろ?」
「だって、惰性で進学なんて…折角父さん達が残してくれたお金を、そんな無駄な事に使いたくないもん」
「郁…じゃあ、何で調理師の専門学校なんだ? その理由は?」

永に認められたくて、近付きたい一心で頑張って来た勉強になど意味は無い。だからこそ、大学への進学はしないと決意出来たのだ。
ドキドキと高鳴る心音が聞こえないように、回した腕にギュッと力をこめる。
どう言えば、伝わるのだろうか…何と言えば分かってもらえるのだろうか。
部屋の中に落ちた沈黙を破るように、俯いたままの郁巳に永が優しく問い掛け直す。

「郁? 黙ってちゃ分かんないだろ?」
「…父さんと母さんが死んじゃって、俺、いっぱい考えたんだ」
「考えたって…進学の事をか?」
「それもあるけど、それだけじゃなくて…後悔したく、ないから」
「後悔?」

そう、後悔したくなかった。
いつものように見送った両親が、たった数時間離れていただけで、手の届かない所へと飛び立ってしまった。当たり前の日常が、手指の先から砂が零れて行くようにすり抜けて行く事があることを、嫌というほど実感した。
自分も、永も、未来の事は分からない。いつどうなるかなんて、誰にも分からないのだ。
ならば少しでも永の傍にいたいと思った。いつの間にか開いていた距離を少しでも縮めて、自分を一番に愛してもらいたい。

「あんな…あんな風に、突然、いなくなるなんて思ってなかった……から――」
「郁……」

言葉に詰まった郁巳の隣に、椅子を降りた永がそっと腰を下ろす。肩を引き寄せられ優しく髪を梳かれる感触が、郁巳には泣きたくなるほど幸せだった。
その温もりに甘えるように身を凭れさせ、震える声をゆっくりと吐き出す。

「だからね、俺、調理師免許取る…料理嫌いじゃないし、免許取って、永さんと一緒にこの店やってく」
「――は? ちょ、ちょっと待て郁巳、それとこれとは話が違くな‥」
「違わないよ! 俺もう、自分の知らないところで、大事な人いなくなったりするの嫌だ!」
「い…く?」
「俺頑張る、頑張るから…永さんと一緒にいたい…駄目? 俺がいたら邪魔?」

突如頭を起こした郁巳が、永の胸元を掴み顔を覗き込むと、永の言葉を遮る勢いで喋り続ける。
駄目だなんて言葉は聞きたくない。
邪魔だなんて言って欲しくはない。

(お願い、永さん…分かって――)

縋るような眼差しを向けながら告げる郁巳の身体を、永はそっと引き剥がした。
やっぱり、伝わらないのだろうか。
いつまで経っても、永にとっての自分は弟のままなのだろうか。
親愛の情よりも、恋愛の情を向けて欲しいのに……。




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永も一緒に店に入れる土日を狙っての初出勤。
これまでよりも近い場所で、多くの時間を永の傍で過ごせる事が嬉しかった。
それと同時に足を引っ張らないように頑張らなくてはと、ドキドキと脈打つ鼓動を必死で宥めながらのスタートになった。

入って来て早々に自己紹介をし頭を下げた郁巳に、マスターと永が目を丸くしているのがおかしくてつい笑ってしまう。

「ちょっと郁ちゃん、今更堅苦しい挨拶なんていらないよ?」
「でも、これからお世話になるんだし、礼儀は大切だっていつも父さんが言ってたから。マスター、永さん、色々教えて下さい、お願いします」
「永さんて……おま…なんか、急に老けた気がするなぁ、その呼び方――」
「大先輩をくん付けでなんて呼べないよ。それに、高3にもなっていつまでも永くんって言うのもなぁって…思ってたし、丁度いい機会でしょ?」

これを切っ掛けに、少しでも永に近付きたい。いつまでも弟分としか見られないままではなく、対等な存在として認めてもらいたい。
そんな想いを込めて『永くん』から『永さん』へと呼び方も変えてみた。
多少の違和感があった呼び方も、いつの間にか昔からそう呼んでいたようにしっくりと馴染んでいった。

通い慣れた店で、常連客の殆どが顔見知りという空間も働き易く、接客の方も直ぐに慣れた。戸惑ったのは最初だけ、一週間ほども経つと「喫茶・幸」で働く事への不自然さも取れ『ただいま』と帰って来る永を出迎えられる毎日が幸せだった。




「郁、学校始まってからのシフトだけど…どうする? 美佐ちゃんには自分の小遣いが稼げる程度にしとけって言われてるんだろ? 受験もあるしな――」

夏休みも後数日を残すのみとなったある夜。
帰宅した永を交えた3人で賄いを食べつつ、9月からのシフトを決めようという事になった。
永の口から出た『受験』のひと言に、現実を思い出す。
毎日永の近くにいれる事が嬉しくて、このままずっと永の傍いたい。そんな想いが日に日に膨らんでいた矢先の事だった。

「んー永さん、それなんだけど…姉さんとも話し合わなきゃないんだけどね…」

迷っていた進路。目的も無く大学へと進みダラダラとした日常を過ごすよりも、動機は不純かもしれないけれど、毎日を後悔せずに過ごしたい。
一瞬躊躇するような表情を浮かべ俯いた郁巳は、顔を起こすと真っ直ぐに永の目を見て宣言した。

「俺ね、大学は行かない」
「……はぁ?」
「な…行かないって、何で? 金の心配してんのか? 郁弥さんはちゃんとお前の進学用にって、学資保険残してくれてたんだよな? だったら…」
「そうだよ郁ちゃん、おじさんも大学位は出ておいた方がいいと思うよ」
「でも、行かない…もう決めたんだ。だからマスター、俺来月からも出来るだけバイト入るから、それでシフト組んで下さい」
「っ…親父、ちょっと郁と上で話してくるから片付け頼むよ。郁巳、来い」

永が郁巳の腕を取り強引に椅子から立ち上がらせる。先に自室へと向う永の後を、郁巳は唇を尖らせながらついて行く。
予想通りの永の反応。
いつまでも弟分のままでいたくないという想いを、少しでも分かってもらいたかった。

「――――永さんの部屋入るの、久しぶり」
「適当に座ってろ、今飲み物持って来る」

久しぶりに入る永の部屋。懐かしさからついキョロキョロと部屋の中を見回してしまう。そこかしこに永の存在が溢れる部屋が、どことなく気分を落ち着かなくさせる。
昔は勝手に部屋まで上がりこんだ事もあったけれど、永に付き合っている相手がいる事を知った辺りから、郁巳は住居部分への立ち入りをしなくなった。
自分の想いに気付き始め、自分以外の一番がいることが苦しくて。
ドキドキと落ち着かない気持ちを悟られる事が怖くて、近寄れなくなっていた。

「麦茶でいいよな? …で、どういう事か、ちゃんと説明してくれ」

永が持って来た冷たい麦茶をテーブルの上へと置くのを、郁巳は黙って見ていた。
ベッドに寄り掛かるようにして足を投げ出し床へ腰を下ろした郁巳から離れるように、永はパソコンデスク用の椅子へと座り上から郁巳を見下ろすような形で向かい合った。
ほんの僅かなその距離が、2人の間の縮まらない距離を表しているかのように、とてつもなく遠く感じた。




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通夜も終わり弔問客が帰ったのを見計らうように、郁巳達は親戚達の前に並ばされた。
車の中で永からやんわりと聞かされてはいたものの、投げ掛けられる言葉は辛辣で耳を覆いたくなるようなものばかり。
表情を無くしたままぼんやりと祭壇を見上げる隼弥を抱き寄せ、言いたい事は全て言わせてしまおうという美佐子との事前の打ち合わせもあって、じっとそれらの言葉に耐えた。
郁巳と隼弥を守るかのように、その前に正座する美佐子の背が微かに震えている。
立会いをお願いした永や高山さん夫妻も、明らかに剣呑な表情を浮かべていた。

残された郁巳達を気遣うような言葉の裏に見え隠れする、醜悪な態度に吐き気がした。
それなりにいい付き合いがあった筈の親戚達からの、思いも寄らない言葉の数々。両親がいなくなった途端に、こんなにも変わるものなのだろうか。
悔しさに唇を噛み締めた時、美佐子の隣に控えるように座る野宮さんが口を開いた。

「失礼ですが、長女である美佐子さんは既に成人されておりますので、その必要は無いかと思いますが――」
「何だね、君は?」
「生前大沼さんと親しくさせて頂いておりました、弁護士の野宮と申します。後見人が必要とあれば、私の方でその役目を担わせて頂きますので、心配はご無用です」

淡々と冷静に語る野宮さんの態度に、美佐子も幾らか肩の力が抜けたように見える。
ちゃんと自分達の事を思い、考えてくれる存在が、ここにもいた。
生前の父が築き上げて来た友好関係、亡くなっても尚、自分達が両親に守られている事に気付けた。

「幸い家のローンもそれ相応の保険に入ってらっしゃいますので、返済義務も消失致します。生命保険や預貯金、相手側から支払われる損害賠償金等を含めれば、多少苦しくはなるかもしれませんがやっていけないことは無いかと」
「しかし…美佐子もまだ学生じゃないか! そんな子供に何が出来るって――」
「大学は辞めて働きに出ます! 野宮さんが仕事先も紹介してくれるって言ってるし、大丈夫ですから! 父さんと母さんを失って、兄弟までバラバラになんて絶対しない! 私が責任を持って育て上げます!」
「俺も、バイトする! 姉さん一人じゃないから!」

姉がそこまで考えていた事に、郁巳は内心驚いていた。自分がひとり病室で不安に捕らわれていた間に、美佐子はしっかりと前を向いて行動を起こす決意をしていたのだ。

自分達の居場所は、自分達で守っていく。

美佐子の言葉に続くように、郁巳も声を張り上げた。姉一人じゃ心許無いというのなら、自分だって出来る限りの事はする。まだまだ無力で自分の行く先すら見えてはいないけれど、これ以上家族を失いたくない気持ちは美佐子も郁巳も同じだった。

「…ま、全く…可愛気の無い…折角面倒を見てやろうって言ってるのに!」
「お気持ちだけで十分です。姉弟で力を合わせてやって行きますから、見守っていて下さい! お願いします!」
「お、お願いします!」
「勝手にしなさい、後から泣きついて来る事が無ければそれでいい」

畳に頭を擦り付けるようにして頭を下げる美佐子に倣い、郁巳もまた隼弥の手を握り締めたまま頭を下げる。
本当だったら、こんな親戚達に頭など下げたくは無かった。
それでも、血の繋がった彼らには認めとめてもらいたかった、両親の為にも。
頭を下げる郁巳達の脇を、足音を立てて去って行く様を、視線の端で捉える。僅かな時間が、とても長く感じられた。

「……郁、塩…持って来て――」
「姉さん?」
「いいから、塩持って着いて来て!」

嵐のような遣り取りが終わりを告げ、静まり返った部屋に美佐子の声が響いた。美佐子の剣幕に慌てて従うと、美佐子は豪快に玄関先に塩を撒き散らした。

「――やってみせるわよ…絶対に、ぜった…ひっ…ぅ…」
「美佐子さん…少し休んだ方がいい」

美佐子もまた、堪えていたのだ…いつも気丈な姉の涙。
床に崩れる美佐子を、野宮さんがそっと抱え起こして部屋へと運んで行く。
失うものは大き過ぎる位大きかったけれど、そのおかげで気付けた事も山のようにあった。
永に促されるように戻った祭壇前で、隼弥の肩を抱き寄せながら両親の遺影に誓う。
自分の人生、自分達の生活をしっかり生き抜くと。




「えっと…大沼郁巳です、今日から宜しくお願いします」

事故から三週間ほどが過ぎ、あの日からがらりと変わった生活のペースにも、ようやく慣れて来た。
美佐子の行動は早く、早速大学を辞めて野宮さんが所属している弁護士事務所の事務雑用として働き出した。掛け持ちで夜間の清掃のアルバイトも始めた姉を心配する気持ちはあったものの、一度決めたら引かない性格は生まれた時からの付き合いで良く知っている。

『親がいないからってあんた達に不憫な思いさせたくないの!』

そう言って譲らない姉に代わり、郁巳も慣れない家事をこなす様になっていた。
そして郁巳も「喫茶・幸」でのアルバイト始めたのだった。




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隼弥の退院許可は、その後すぐに下りた。
外傷用の塗布薬と安定剤を処方してもらい、一足先に病院を出た両親を追い駆けるように家へと向う。
高山さんから告げられた今後の予定…通夜とは葬儀についての話が、夢であったならどんなにか良かったか。
乗り込んだ高山さんの車の中、心地好い震動に誘われるように隣に座る隼弥の身体が傾いで来た。肩に頭を持たせかけて寝入ってしまった隼弥を片腕で抱き締めた郁巳は、前に座る永と高山さん2人に気付かれないように、そっと息を吐いた。

バックミラー越しに心配気な永の視線をチラチラと感じる。
心配してくれる人達がいる。その事が心強くもあり、哀しくもあった。

「なあ郁?」
「ん? 何、永くん?」
「お前さ、バイトする気あるか? 勿論、少し落ち着いてからで構わないんだけど――」
「バイト?」
「俺さ、9月で会社辞めるんだ。本格的に店手伝おうと思って。郁巳さえ良ければ、ウチでバイトしないか?」
「永くんとこで? え、何で急に…あっ――」

突然永から持たされた言葉に一瞬首を捻るも、永の言わんとした事は何とく理解出来た。
今まで自分たちを守り、養ってくれた両親は、もういない。
これからの生活は自分達の手で支えていかなければならない。
単純ではあるけれど、大きな事実。

両親を亡くしたばかりの郁巳に対して、永がこんな話題を持ち出したという事が、自分がいなかった一晩の間に、何かがあった事を示しているような気がした。

「美佐ちゃん一人じゃ、説得も難しいだろ…俺も、出来るだけの事はするから」
「そうだよ郁巳くん、おじさん達も微力ながら力を貸すから…何かあったら、遠慮なく言ってくれ。うちの敦と隼弥は、兄弟みたいなもんだからな。勿論郁巳くんと美佐ちゃんも」

永の言葉に被せるように、高山さんもミラー越しの視線を投げて寄越した。
僅かに後部座席を振り返った永が、姉に投げ掛けられた親戚からの心無い言葉を、それとなく教えてくれる。寝ている隼弥の肩を抱く郁巳の腕が、微かに震えた。
愛する人達を突然喪い、更に兄弟が離れて暮らすなんて考えたくも無かった。

「俺は…お前達が離れて暮らすような事態は、避けてやりたいんだ…郁弥さん達が残してくれたあの家で、皆に笑顔で暮らして欲しい」
「永くん…」
「分からず屋の親戚連中の口なんて、黙らせてやろうな?」
「うん、ありがと…高山のおじさんも、ありがと」

負けん気の強い姉の性格を考えれば、きっと自分達の手で何とかしようとするはずだった。それならば、僅かでもその助けになりたい。
未成年という無力な自分ではあるけれど、こうして気に掛けてくれる人達だっていてくれる。
溢れそうになる涙を、唇を噛み締める事で堪え、郁巳は小さく頭を下げた。




自宅では既に家の中に祭壇が組まれ、その前に棺が2つ並んで置かれていた。その前で手を合わせた郁巳は、今までどこか夢に見ているような現実感の無さが、一気に現実世界へと呼び戻された気がしていた。
その傍ら、美佐子から「喫茶 幸」の常連客だという弁護士の野宮さんを紹介される。郁弥と通う間にも、幾度か見かけた事のある顔だった。
短い時間の中、美佐子との間にも信頼関係を築いたらしい彼の存在に、少しばかりホッとする。

「野宮さんが来てくれたなら、安心だよ」

そっと耳打ちされた永の言葉にも励まされる。

永が眠ってしまった隼弥を抱えて車から降ろし、部屋まで運んでくれた。小さな身体に、外傷以上の傷を負ったであろう心を思うと、何も出来ない自分が郁巳には歯痒くて仕方なかった。

「郁、それじゃ俺は一旦着替えに帰るけど…一人で大丈夫か?」
「うん、大丈夫…折角の休みに、ごめんね」
「ばぁか、謝る事なんて何もないだろ?」

コツンと軽く額を小突き部屋を出ようとする永の背中を見ているうちに、不意に永までもが何処かに行ってしまうような焦燥感に駆られ、郁巳は思わずそのシャツの袂を握り締めるように手を伸ばしていた。

「あ、ご、ごめん…」
「…直ぐ戻って来るから。今日は泊まってやるから、な?」

無意識の衝動が情けなくて、俯いてしまった郁巳の身体が、永の腕の中にスッポリと包み込まれた。柔らかくハグするように抱き締められるその温もりに、先ほどまでの心細さが消えていく。
この温もりを失くしたくない。そう感じた瞬間だった。



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朝の診察を終えて、どれ位の時間が過ぎただろうか。
出された食事にも、焦点の合わない視線を向けるだけで手を付けようとしない隼弥の口元に、無理矢理箸を向けて食べさせた。話し掛けても頷きを返して寄越すだけで、何も喋ってくれない隼弥に、郁巳はどう接していいものか分からなくなっていた。

「隼弥、今日の午後には家に帰れるからな? 姉さんも家で待ってるから…敦の父さんが迎えに来てくれるんだって――昨日、敦も来てくれたんだぞ、覚えてるか?」

ゆっくりと首を横に振る隼弥に、そっか…と小さな返事を返してやるのが精一杯だった。

「――…お‥げ……」
「ん? 何?」
「あっちゃ…おみ‥げ、あげる――」
「……うん、ちゃんと渡してあげような…」

病院に運ばれてきた時にも、握り締めたまま放さなかったらしい小さな土産物の袋はくしゃくしゃになっていて。ようやく言葉を発してくれた事に多少の安堵を覚えつつ、ベッドサイドの棚に置いていたそれを隼弥の両手にそっと握らせてやった。

(隼弥……永くん、どうしよう…兄貴として、俺、どうすればいい?)

怖かった。ずっと隼弥がこのままだったらと思うと、隼弥まで失ってしまうのではないかと、怖くて仕方が無かった。


「…はい?」
「――――郁、迎えに来たよ」
「っ…永、くん……隼? 隼弥、ちょっとここで待っててね。俺ジュース買って来るから」

ノックの音に扉へと顔を向けると、思い掛けない人の姿。優しい声で呼び掛けられ、歪みそうになる表情を、隼弥の手前必死で取り繕う。
隼弥が頷きを返してくれた事を確認し、永と共に休憩スペースへと向った。
永の顔を見た途端に、張り詰めていたものが一気に緩んだ。気が抜けたように長椅子へと腰を下ろすと、自販機でコーヒーを買った永がゆっくりと近付いてきた。差し出されたコーヒーは冷たくて、その冷たさが今までの事が夢ではない事を教えてくれた。

「……来るの、遅くなってごめんな?」
「――ッ、ぅ……えぃ、く……っ」

隣に腰掛けながら肩を引き寄せられ、その安堵感に隼弥の前では堪えていた涙が溢れ出す。
迷惑を掛けたくない気持ちとは裏腹に、永の温もりに、その優しさに縋るように。

(ごめんね、永くん……ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから…)

その想いが伝わったのか、永もまた何も言わずに嗚咽を上げる郁巳を抱き締めながら、そっと背を撫で続けてくれた。
ようやく涙を拭った郁巳に、永は心配そうな視線を投げて寄越す。大丈夫だと笑顔を向けてはみるけれど、不安だった一晩が頭から離れてくれなかった。

「昨日からずっと、ああなんだ…誰とも目を合わせようとしなくて…ぼんやりしたままで、何も喋ってくれなくて…隼弥、大丈夫かな? ずっとこのままなんて事――――」

甘えられる温もりのあたたかさが、郁巳の口を開かせる。
怖くて、不安で堪らなかった。このまま隼弥までもが自分の手の届かないところへ行ってしまったら、残された自分はどうしたらいいのだろう。
付き添っていた一晩の間、安定剤が効いている筈にも拘らずふっと目覚めては震え出す隼弥を抱き締め、また眠りに付くまでの間宥めるようにあやし続けた。そうする事しか出来なかった自分に悔しさを感じつつも、ただ抱き締める事しか出来なかった。

「大丈夫に決まってる…郁巳と美佐ちゃんの弟なんだから。郁弥さん達の息子なんだから…そうだろ?」
「永くん…うん、そうだよね、そうだよ……」

小刻みに震える手を、永の大きな掌が包み込んでくれる。ギュッと握り締められ、微笑みをくれる永の表情に、理由も無いまま漠然と大丈夫なのだと思えた。
先の事など何一つ分からない状況ではあるけれど、それでも自分には永がいてくれる。
その事が、自身を強くしてくれるような気がした。

(やっぱり、好きだ…永くんを好きでいられて…よかった――)




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