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黒猫と恋をしよう (40)

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つい先ほどまで尖っていた口が、今はぽかんと小さく開いている。
そんなあどけない表情が、雄大には可愛く思えた。

「こういう花見、したことねえか?」
「……無い……っていうか、花見って、初めてだし」

優しい気持ちでの問い掛けに、多紀は空を見上げたままポツリと呟く。

「そっか。こういうのも良いもんだろ?」

寝転んだままの腕を伸ばし、柔らかな黒髪をくしゃりと撫でれば、多紀はいつものように雄大の腕から逃れることも無いまま、視線だけをちらりと投げて寄越す。

「まあ――――悪くは、無いんじゃないの?」

ひと言だけを口にした多紀が、向けていた視線をすぐに元の位置へと戻す。
済ましたことを言いながらも、多紀の目元は薄っすらと色付いていた。空の青さの中に映える、薄桃色の花弁と同じような、ほんのりとした色味。

(こんな顔が見れただけでも、よしとするか)

相変わらずの可愛くない言葉だったけれど、言葉以上に雄弁な大きな瞳が、キラキラと煌いて見えたから。
ふっと小さく笑みを浮かべた雄大が、名残惜しげに多紀の黒髪をもうひと撫でして離れる。
次の瞬間、ダウンのベストの裾が、くんと何かに引っ張られた。

「……ありがと」
「ん?」
「っ、何でもないっ」
「……くくっ、そうか――――俺ちょっと寝るな」
「え?……何だよそれ……別にいいけど」

違和感を感じた裾へと目を向けた雄大の耳に、小さな声が届いた。
声の主を見遣れば、頑なに雄大を視界に入れまいと、真面目な表情で空を見る多紀の姿。

あの出会いの日から思えば、今は大分雄大に懐いてくれた野良の子猫。
こうして素直な言葉を聞かせてくれるようになっただけでも、随分進歩したと言える。

(焦らないって決めたしな……少しずつで、良いんだ)

笑いを噛み殺しながら瞳を閉じた雄大の横で、上を向いていたはずの多紀の視線が、雄大へと向けられた。
見られていることを感じつつ、気付かぬふりで雄大は春の香りを胸に吸い込んだ。



少しずつ、一歩ずつ。

そんな雄大の歩み寄りに、多紀もまた少しずつ、雄大のことが気になり出していた。
自分の中に芽生えた不可思議な感情に戸惑いながらも、雄大の近くにいることは心地好くて。

顔を見ればホッとするのに、触れられれば落ち着かない気持ちになる。
けれどそれは、多紀にとっては決して嫌な感情では無かった。
嫌などころか、少しの接触で鼓動が跳ねて、思わず逃げ出す自分に悔しくさえなる。

(もっとオレのこと、構えばいいのに……って、オレ、何言ってんだよ)

そんな風に思ってしまう自分に、もやもやとした気分を持て余す。
恋愛の駆け引きなどという経験の無い多紀には、自分の気持ちすら自分でも良く分かっていなかった。

(何でこんなに、雄大のことが気になるんだろ)

整った顔立ちをしている雄大は、コックコークを纏うと、より精悍さが増す。
人手が足らない時には自らフロアまで出てくる事もあるだけに、雄大目当ての女性客を、多紀も何度か見かけた。

(……にやにやしちゃって、馬鹿じゃないの)

客商売である以上、無碍に出来ないということは分かっているのに、それでも雄大が笑顔で接しているのを目にすれば、もやもやは一層大きさを増していく。
それが何故なのか、答えはすぐ側にある気がするのに、そこに目を向けてしまうことが、多紀には怖かった。



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at 23:56, 柚子季杏, 【 黒猫と恋をしよう 】

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