黒猫と恋をしよう (31)
「雄大って本当に料理作れるんだ」
「お前なあ……まあ、ちゃんと食う前に挨拶したから、今日は許してやる」
「偉そうだし」
わざと悪態を吐いた多紀に片眉を上げた雄大は、けれどもすぐにその表情をもとに戻すと、何気無い仕草で横に座る多紀の頭をくしゃりと撫でた。
それはあの日と同じような優しさを感じさせる、暖かな手の温もり。
またこうして触れてもらえた。その事が嬉しいのに、多紀にとってはどうしても、嬉しさ以上に恥ずかしさが勝ってしまう。
同情ではない優しさ。
施設の仲間から与えら、与える愛情とも違う優しさ。
雄大から与えられる何気無い接触は、多紀にとって初めて感じる照れ臭さだった。
「……そうか、お前はもう食べたくないという事か。んじゃ俺がそっちも――――」
「そんなこと言ってない! 駄目っ、これはオレのっ!」
照れを誤魔化そうと雄大の手から逃れた多紀が、オムライスにスプーンを突き立てながらボソリと呟いた言葉。
そんな多紀を眺めていた雄大が、閃いたとばかりに、避けられた手を多紀の皿へと伸ばす。
勿論雄大としては冗談での行為だったのだけれど、取り上げられて堪るかと、多紀は皿をホールドするかのように抱え込みながら、必死で口に詰め込み始めた。
「っ、くくっ、おま……取らねえよ! 取らねえから落ち着いて食えって」
「ふぉ、ふぉんほに?」
「何喋ってんのか分かんねえ……ははっ、マジ、お前良いわ」
詰め込むだけ詰め込んだ口の中。
そんな状況でまともな言葉を発することが出来る筈もなく。
腹を抱えて笑い出す雄大に、ようやく口の中を空にした多紀が唇を尖らせる。
「笑うなよ! こんなオムライス初めて食べたんだから、仕方ないだろっ」
マジで美味かったんだもん……と、ぶつぶつ呟く多紀の突き出した唇が、また雄大のツボを突く。
笑い過ぎて滲んだ涙を擦った雄大は、多紀の唇の端に付いているソースに目を留めた。
「……っ、な、何して――――」
「付いてた。子供かよ」
「こ、ども……じゃないしっ」
すっと伸ばした親指の先、拭い取ったソースは雄大の舌に舐め取られる。
にやにやと笑う雄大の表情とは逆に、多紀は顔を赤く染めて不機嫌な表情を浮かべるのが精一杯だった。
「う……オムライス以外のことまで思い出しちゃった」
覗き込んでいた鏡の中、自分の顔がその時の事を思い出した途端に赤らんでくる。
「多紀? 着替えたらテーブルの片付け頼む」
「っ、分かった!」
不意に厨房から顔を覗かせた雄大が、慌てる多紀に若干不思議そうな顔をしながら、再び厨房へと戻って行く。
(気付かれなかったよね)
自分の意思とは無関係に跳ね上がった鼓動に、多紀自身も驚きながら、直ぐに厨房へと引き返してしまった雄大の背をそっと眺めた。
週末とあって、今日は店も忙しいらしい。
パッと見ただけでも、雄大の額に汗が浮いているのが分かった。
外は冬でも、厨房の中、それも火の側にいれば、そこはまるで真夏の暑さだ。
週末に向けて多少の仕込みはしているとは言え、調理の全てを一人でこなす雄大にとっては、目の回る忙しさなのだろう。
パートのおばさんも、慌ただしく動き回っていた。その事を思い出し、多紀も急いでホールへと向かうのだった。
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ようやく週末ですね〜。
疲れて切っております(苦笑)
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at 23:58, 柚子季杏, 【 黒猫と恋をしよう 】
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